長野南高校存続活動をふりかえって
第3代同窓会会長 西澤章
高校統合問題はいきなりやってきました。平成17年6月24日(金)長野県教育委員会の場で提出された資料「高等学校改革プラン推進委員会への提出資料について」の中で『また、中学生の進路動向に配慮すると、長野市南部から長野市北部へ多く入学していることから、長野市北部の各校の募集定員を維持しながら、長野市南部の長野南高校と松代高校を統合し、地理的な条件から松代高校の校舎・校地を利用することが候補として考えられる』というむちゃくちゃな文言から始まります。この資料は、『高校改革プラン推進委員会』で高校を統合するといっても、どの学校と、どの学校が統合するのが望ましいのか「我々にはそんな案は出せない」、だから教育委員会が元になる資料を出せ、というところから事務局があっという間に「学校要覧」だけを見て作った品疎な資料だったわけです。くしくも翌日6月25日は同窓会総会の日でした。何も知らない私たちに校長先生が「こんなことがあったんだよ」と新聞記事を見せてくれましたが何のことかよく分かりません。同窓会長としてまことに情けない話しです。次第に周りの方から事の重大さを聞き、やはりただ事でないことを知ります。それから壮絶な存続運動が始まりました。
その活動は別添資料を見ていただければお分かりいただけることと思いますが、明けても暮れても、1年半もの間、毎日が存続活動に当てられていたといっても過言ではありません。そんな活動が始まって大きな壁にぶつかったのが、まず地域の方々に見放されていたことでした。また、同窓生も然りで出来れば南高校出身ということを黙っていたいくらいにしか思っていない方も多かった。とても悲しい事実でした。先生方も微妙な立場で県教委の出した案ということも気を遣わざるを得ないでしょうし、また生徒に対して扇動することも出来ず大変だったと思います。何しろ孤立無援状態からの出発でした。ただし私たちには断固たる信念がありました。「県教委の示した案は絶対におかしい、絶対に矛盾を証明できる」私たちを動かしたのはこの一途な思いでした。40歳前の私たちはいろいろなツテを頼っていろいろな場所に出没しました。そんな中で政治との絡み、利害関係、人間関係、知らないものに次々と遭遇しました。また貴重なことも体験できました。全県高校生集会を主催した高校生と話して、いまどきこんな立派な高校生がいるのかと感動したり、報道陣が私たちの周りを取り囲んだり、人生の中で二度と出来ない体験をたくさんしました。 行った存続運動は教育委員会傍聴、推進委員会傍聴、地域の方を集めて教育委員会との討論会、各高校プラン改革説明会への参加と発言、全県高校生集会傍聴、県議会・市・教育委員会への陳情・請願、他校の開催する集会への参加、報道陣への説明、地域の小中学校への説明会、ビラ配り、などなど。役員会、打合せなどは60~70回以上開きました。手前味噌ですが我々の作成する資料には信憑性、説得力、数字での分かりやすい統計などが盛り込まれており、ただ単に母校がなくなってほしくない愛校心のみというものではないため、他校に比べ資料の質は群を抜いていました。
また生徒との署名活動も大々的に2回ほど開催し、最終的に集まった署名は平成17年12月28日〆41,519筆、とてもありがたいことです。同様に他校も署名活動をし、最終的に教育委員会に提出された署名は合計177,900筆(教育委員会報告より)、これだけのものが集まりながらも粛々と統合を進めた教育委員会の強引さには呆れる、というより民意無視といっていいでしょう。
しかし年が明けて推進委員会も結論を出さざるを得ない時期になり、結局平成18年3月30日教育委員会の場で「長野南高校と松代高校を統合、校地校舎は松代とする」となりました。このときだけは辛かった。おおよそ結果は分かってはいたもののそれでもあきらめ切れなかった気持ちがそこにありました。
しかし、にわかに終止符を打ったはずの事態が動き始めます。教育委員会は「独立行政機関である」という認識を覆す事件です。6月県議会にて、先の高校改革プランで採決された高校統合問題を当該校ごとに同意、不同意を付すこととなり、当然ながらわが長野南高校は全会一致で不同意となったのです。平成18年8月、知事選で田中知事は敗れ、村井知事が誕生します。そのことによって教育委員会も大きく舵を切らなければならなくなりました。平成18年9月26日の第850回教育委員会臨時会で「今回のこの厳しい結果を真摯に受け止め…」というコメントを出し、白紙撤回へと方向性を変えていきました。
以下の文は私が同窓会長を退任するに当り、ホームページに載せるべく、存続運動とそのときの熱い気持ちを綴った文面の結び一部分です。文章はその時々のことが赤裸々に記されており、感情が入りすぎて残念ながら全文、お蔵入りになってしまいました。しかし何にも変えがたいその当時の様子を残した貴重なものなので紹介したいと思います。もう二度と理不尽な動機で長野南高校があのような悲惨な目に会わないために、そしていつまでも忘れないために…
『(中略)今ここから新たな高校改革が始まろうとしている。高校改革は誰のためのものか、県や教員のためではない、そこに集う生徒や地域住民のためのものである。そのために県や教員がどのように対処していくのかが問われているのである。今回我々が闘ってきたのはまさに県教委からの「理由なき弱いものいじめ」という得体の知れないものであった。(中略)教員が見なければいけないのは生徒の顔であり地域の方々の顔である。その悪しき例がここにあった。長い間地域とのかかわりを閉ざしてきた高校は今、変わらなければならない。そして2度と失敗は許されない。1度死に損ねた自分が奇跡的に生き返ったのだから。だからこそ死ぬ気になってよい校風、学校を作り上げてほしい。 僕らはこれだけの圧力の中で、お上にたてつきながらもこの母校を残せたことを誇りに思う。何度も人前で言った「この学校を残すことは単なる愛校心やノスタルジーではない、ここに高校が必要なんだ」。僕にはこの記憶をどこかに留めておかなければいけないという使命感がある。どんなに理不尽で惨めな思いをし、何のためにやっているのか矛盾を抱きながらもここまでやってきたことを誰かに伝え、奇跡的に生き残った貴重な高校なんだと言うことを記録に残そうと思った。そして一途に正義を貫いた僕達はついに勝利した。信念は岩をも突き通すことを身をもって証明したのである。大きな自信と人のありがたさをいただいた。
そしてこの学校を残すために言葉では言いつくせないほどのご尽力をいただいた各位に感謝する。
みなさん ほんとうに ありがとうございました。
平成18年11月19日
西澤章
存続経緯
平成17年(2005年)
3月29日 | 長野県高等学校改革プラン検討委員会より最終報告が発表 [最終報告] |
6月24日 | 再編整備候補案発表 [候補案] |
6月25日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
6月28日 | 県議会へ“県立高校再編整備候補案の白紙撤回を求める”要望書提出(任意) |
7月3日 | 長野南高校の存続を願う会発足 |
7月5日 | 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] 県議会へ“県立高校再編整備候補案の白紙撤回を求める”要望書提出(長野南高校の存続を願う会) |
7月16日 | 長野南高校の存続を願う会 三役会(第1回) 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] |
7月22日 | 長野南高全校討論会 県教委と生徒の討論会が長野南高校で行われた [写真1 写真2 写真3] 県教委からPTAへの説明会 |
7月23日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第2回) |
7月25日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第4回) [資料] |
7月26日 | 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] |
8月1日 | 県議会主催 “今、考える!高校改革”開催 |
8月8日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第5回) |
8月20日 | 犀南地区9校PTA研修会にて説明 |
8月25日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第6回) |
9月4日 | 再編対象校生徒達の座談会 署名活動(西友川中島店にて) [写真1 写真2 写真3 署名看板のコピー 署名用紙] |
9月10日 | 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] 高等学校改革プラン推進委員会会合(第7回) 長野南高校の存続を願う会 三役会(第2回) |
9月11日 | 署名活動(ベイシア川中島店にて) |
9月16日 | 県教委と存続を願う会の討論会 [チラシ] |
9月21日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第8回) |
9月26日 | 県議会へ“長野県長野南高等学校の存続を求める”要望書提出 |
9月30日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第3回) |
10月5日 | 文教委員会へ請願書提出 |
10月8日 | 長野南高校の存続を願う会 三役会(第3回) |
10月10日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第9回) 41,519名の署名を高等学校改革プラン推進委員会へ提出 |
10月26日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第10回) |
11月7日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第4回) |
11月12日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第11回) [資料] 存続に関する主張発表 |
11月15日 | 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] |
11月28日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第12回) |
12月10日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第13回) 長野南高校と松代高校との統廃合問題について本格的な審議が始まる |
12月14日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
12月17日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第14回) |
12月25日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第15回) [資料] |
12月28日 | 生徒会へ傍聴会への出席依頼と懇談会(長野南高校にて) |
平成18年(2006年)
1月7日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第16回) 長野南高校と松代高校との統廃合問題について再議論が行われる |
1月14日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第17回) |
1月29日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第18回) |
2月4日 | 高等学校改革プラン推進委員会会合(第19回) |
2月5日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
2月7日 | 高等学校改革プラン推進委員会が高校改革プランに対する報告書を県教育長に提出 [報告書] |
2月8日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
2月14日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
2月20日 | 中村委員長と存続を願う会との懇談(長野南高校にて) |
2月23日 | 県教委による地域説明会(篠ノ井市民会館にて) |
3月5日 | 第2回全県高校生集会傍聴 |
3月20日 | “知事室へようこそ”にて田中知事に要請 |
3月30日 | 県教育委員会臨時会にて“高校改革プラン”決定 |
3月31日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
4月18日 | 県教委による地域説明会(篠ノ井市民会館にて) |
4月19日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
4月27日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第5回) |
5月17日 | 鷲沢市長と懇談(みどりのはがきにて) |
5月31日 | 高校教育課長他と懇談 |
6月12日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第6回) |
7月5日 | 県議会に“長野南高等学校存続を求める”陳情書提出 |
7月6日 | 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] |
7月27日 | 村井知事候補と意見交換会 |
7月28日 | 田中知事候補と意見交換会 |
7月29日 | ビラ配り(西友川中島店にて) [チラシ] |
7月30日 | ビラ配り(ベイシア川中島店、稲里公民館にて) [チラシ] |
9月4日 | 高校教育課長他と懇談 |
9月5日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第7回) |
9月7日 | 鷲沢市長に「地域合意のない高校改革プラン実施計画の白紙撤回」を求める請願書への署名依頼 |
9月8日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] 県会議長へ請願書提出 [嘆願書] |
9月9日 | 長野市民新聞記事掲載 [新聞記事] |
9月15日 | 県会臨時会にて統合計画案否決 |
9月16日 | 信濃毎日新聞掲載 [新聞記事] |
9月26日 | 改革プラン実施計画凍結 |
10月5日 | 長野南高校の存続を願う会 役員会(第8回) |
11月1日 | お礼のビラ配布(更北・川中島全戸) [チラシ] |
11月24日 | 長野南高等学校存続決定祝賀会 |
平成19年(2007年)
6月14日 | 改革プラン実施計画取り下げ |